和歌と俳句。知っているものは、いくつもあるかと思います。
でも、それを味わえているかということになると、どうでしょうか。
春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山
有名な持統天皇の歌です。夏到来の驚きを歌っているとされていますが、
中谷さんは「神様の山に、洗濯物を干していいの?」と問いかけます。
「持統天皇は天智天皇の娘で天武天皇の奥さん。
波乱万丈の人生を送っていて、根性がある。
新古今集は、幻想や妄想をベースにしている。この歌も――」
から始まる中谷さんの謎解きには、とても驚かされました。
なれ親しんだ和歌や俳句の背景に広がる世界と奥行き。
和歌と俳句を味わう教養、中谷さんから教わりました。
★こんな方にお奨めです♪
□和歌を味わえるようになりたい方。
□王朝貴族の恋愛を理解したい方。
□俳句を味わえるようになりたい方。
「日本の芸術の本質は、和歌。西洋は、詩。
中国からの漢詩を元にして、日本に和歌が生まれた。
殿上人と地下人の違いは、和歌がわかるかどうか。」と中谷さん。
春すぎて 夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山
田子の浦ゆ うち出でてみれば真白にそ 富士の高嶺に雪は降りける
人生経験を積んだ今だからこそ、和歌の味わいが深まりますね。
「万葉集、古今集、新古今和歌集――これが三大和歌集。
万葉集は奈良時代。『ますらおぶり』が歌われた。男らしさがベース。
平安時代の古今集は『たおやめぶり』。女らしさ。」と中谷さん。
「ますらおぶり」は、素朴さ、ひねり無用のストレートさ、
「たおやめぶり」は、繊細さと優美さが身上です。
時代によって、気分がずいぶん違うのですね。
和歌を味わうためには、時代背景を勉強しましょう。
「万葉集は『愛』を、古今集は『恋』を歌った。
愛とは、普遍的な感情。得た充足感。片思いでもいい。
恋は満たされていない想い。切ない片思い。」と中谷さん。
なるほど、こういう分類は、はじめて聞きました。
たしかに、人類愛という言葉はあっても、人類恋はありません。
親子愛はあっても、親子恋もありませんね。
愛と恋の違いを踏まえることが、和歌を味わう第一歩なのですね。
「新古今和歌集は、幻想、妄想の和歌。『映え』重視。
『巨人の星』でたとえるなら、万葉集は160キロの剛速球。
古今集は、大リーグボール1号。速いけど、軽い変化球。
見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮
藤原定家の歌は、まさに幻想、妄想の世界。
『なかりけり』というように、まさに、消える魔球。」
絶妙なたとえがあると、鑑賞力がグンと上がりますね。
「古今集」は、醍醐天皇の命によって編まれた勅撰和歌集。
古今集に始まり、後撰集、拾遺集、後拾遺集、金葉集、詞花集
――と534年の間に21もの勅撰集が編纂されました。
古今集の選者といえば紀貫之。下級貴族でした。
「自分の歌を採用して欲しいと、いろんな貴族からクレームが来る。
叩き上げの紀貫之は、気が使える。『パート2で入れますから』
と対応するうちに、パート21まで行ってしまった。」と中谷さん。
いつの時代も、宮仕えはたいへんなものですね。
王朝貴族の「仕事」といえば恋愛。これには25段階あったそうです。
1番め、噂を聞いて好きになる。2番め、垣間見て盛り上がる。
3番め、後ろ姿に募る恋心。4、何も手が付かない。忘れよう。
5、夢で逢いたい。6、恋人がいるらしい。
7、そりゃそうだよ。いないほうがおかしい。ますます高ぶる。
8、どうしたら思いを知ってもらえるだろうか。9、会えた!
――と延々25まで続きます。
これだけ小刻みにすれば、心情に敏感にならざるを得ませんね。
正岡子規と夏目漱石は、東大予備門の同級生。親友同士でした。
鐘つけば銀杏ちるなり建長寺
この漱石の句について、子規は思うところがあったようです。
「「鐘つけば」は説明。因果関係が明確なのは、イケていない。
『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』は、漱石へのアンサリングソング。」
ちなみに、ここでいう「鐘」とは東大寺の鐘なのだそうです。
奈良の宿で給仕してくれた16歳の仲居さんを想っての一句とのこと。
「柿食えば」の句は、正岡子規の恋の歌だったのですね。
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